グッドデザイン大賞?注射器の針?
「ギヤー」と泣き叫ぶ声・・・。注射器を見たとたんに泣き出す乳幼児。
注射が嫌い、怖いという子供、それほどに注射嫌いは多い。
あんな針を体に刺し込まれるのだから恐怖心が沸くのは当たり前、その幼児体験は大人になっても代わることは無いし、何より痛い!

しかし、夏の夜に何か熱中しているときにふっと気がつくと蚊が腕にとまり、飛び立てないほどに血を吸っていることがある。
刺されているのに気がつかない、そんな経験は多いはずだ・・・。
蚊の吸血行動は詳細に観ると、人の皮膚に刺す前に感覚を麻痺させる唾液を注入するなど巧みな仕組みになっているのだとか・・・。
その刺す部位は下顎?その直径がどのくらいかは知らないが、その「刺す」ことの連想からついでに言えば治療用の「はり」、0・16ミリ位なのだと聞いている・・・。

次世代、ナノテクノロジーではそんな「蚊」に倣う注射針を創ることを考えていると言う。
皮膚を刺す部分の先端が細くなると、人の痛みを感ずる神経網に触れずその効果を上げることが出来る。
針は毛細管ほどに分割され7~8ミリ角の面状に配置し皮膚に張り付ける、そんな注射シールが開発されるからだ。
やがて注射は「痛い」という連想、恐怖心から人々は開放されることになる・・・。
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ところで、今回のグットデザイン大賞を得た「インシュリン注射針」はそんな「夢」、「痛くない針を作りたい」、「限りなく細いものにしたい」という技術目標に応える次世代ナノテクノロジーへの大きな1歩となるものだろう。
ただ、望んでも夢の実現、要求にこたえる加工技術は無かった。
医療機器メーカの「テルモ」はそのことを敢えて企画し、日本中の数百社にその加工、可能性を打診して回ったが皆が出来ないという返事だった。
企画から数年後にやっと岡野工業にその話しが回ってきた。
「俺のところへこなければ永久に出来なかったのでは・・・」、「他人に出来ないからこそ、挑戦するんだ!」と言う。
理論物理学の教授には「理論的に不可能」とまで言われた「テーマ」に敢えて挑むことになった。
忍耐・・・。そして、試行錯誤の末に0.2ミリ(注入口0.06ミリ)の極細の針の加工に成功した。
「糖尿病の患者さんは、インシュリン注射を1日に3、4回も打つそうで・・・。同じ品質で値段も安いものが1日に何万本かが生産出来なければ、出来たとはいえません。そのために2~3年かかりました」
まさに職人気質、チャレンジ精神旺盛な岡野雅行の挑戦があって「痛くない注射針」は完成することになったのだ!

「デザイン・・・・」、「グットデザイン?そりやーなんだい・・・・」と屈託ない受賞者。
「デザイン大賞?当り前でしょう!」、「俺が目指すのはもっと上、ノーベル賞なんだから・・・」と豪快に笑う・・・。
この岡野雅行、家族を除けば社員3名の金型・プレス加工業・岡野工業の社長。しかし、ただ者ではなかった。
スーパー職人、その名は私も以前から知っていた。
何度か彼の番組みを見たことがあり、ビデオ録画にもしていた。
我が国のハイテク技術を支える男とも評されているからだ。
「先端産業は決して大企業だけのものではなく、その要となる高度技術を支える下町の下請け零細企業によるところが大きいのです・・・」という、その時のナレーションがいまも強く私の耳に残っている。
「人がやらないからやる!」、「人がやれないからやる!」、長い試行錯誤のプロセス、人に出来ない「ものづくり」を楽しんでもいるようだった。
それらの経験に裏付けられた「直観力」が、不可能を可能にする優れた職人の「技」を培ってもいる。さらに言えば、デザイナーが失いつつある日本人の「鋭い感性」、そして「手先の器用さ」がある。

(Oct.30/ヤ05 記)

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追伸:
審査会場にそれがあったことを見落としていた。
東京ビックサイト・Gマーク審査会場のGDP展にはデザイン学科として参加していることもあって2日間程、製品が並ぶ会場をつぶさに見ていたはずなのに・・・。
そこに「注射針」があったことは気付かなかった。
Gマーク、Gマーク大賞に相当するのかは些か疑問。選定の条件が違うのでは、という気もしないではない。
しかし、いまやデザインは「人の住む世界・人工物の全て」に拡大している現実を見据えてのことであろうと考えている。
ただ、誇り高い職人・岡野雅行はデザイナーと言われる事を決して喜ばないのだろうが・・・。

余談だが・・・。優れた「職人技」が団塊世代の定年によって失われようとしている。
様々な企業においても、その高品質を支えた職人の「技」継承が大問題なのだ!

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