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清水教授のデザインコラム/連載 - 67(12/30/2007)

21世紀は日本の世紀!のはずでは・・・・・

アメリカであるものを発明した、と発表した。
それは我が国では数年も前に発明していたものだ、とロシア。
そのころ、我が国ではせっせとそれを船積みしていた・・・。
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どの新聞だったか・・・。
そんなコラムを読んで思わず吹き出してしまった。
発展途上当時の我が国、いかにもあり得る話だったからだ。

東西冷戦のさなか自由主義のリーダーを自負する誇り高いアメリカ。
対する社会主義の盟主、ロシアは敵愾心(てきがいしん)をむきだしに異論をとなえる・・・。
そんな両大国の思惑なぞ無関係、とばかりに発明されたものを既に製品化、輸出地へ向けて船積ずみをしていた・・・。
黙々と働く勤勉で実直な日本人。しかし、情報の収集、製品化は早い・・・。
戦後の'50年代から'70年代までの20年間に、実質的な総生産としておおよそ10倍もの成長を達成し、人類史上の奇跡!とまで言わせたものだった。

戦後生活の安定、近代化が進むなかでは冷蔵庫や洗濯機、掃除機、白黒テレビなどの電化ブームがあって造れば売れた。

自動車、鉄鋼、精密機械などの高い品質、生産力は世界に有数の競争力を持つまでにもなって世界市場に輸出され「世界の工場」とまでいわれていた。常に学び、倣う、ひたむきな日本人が生まれ、その昼夜を問わない研究開発、「技術立国」を果たしてもいた。目標に向かう会社一丸の協力体制、寝食を忘れ、家庭生活を忘れたモーレツ社員と言われた人々が経済大国への道筋を固めたのだとも・・・。
どん底からのぞき見た欧米の豊かさ、その生活は巨大なイメージにもなって、ただ、「追いつきたい!」という思いを一層強いものにして人々の心に深く浸透させるものになっていた。
このひたすらに働く世代がエコノミックアニマルとも言われ、ハドソン研究所所長の未来学者ハーマン・カーンは「21世紀は日本の世紀」と言い、『ジャパンアズナンバーワン』の著者、エズラ・F・グオーゲルは「私が見るところ、世界のリーダーとしての役目を果たすのは、その国の政治機構や経済力からいって日本ほどふさわしい国はない」と言わしめたほどだった。

1974年には国民総生産(GNP)は世界一位に・・・。
しかし、ほとんどの人々にとっては豊かさを実感する余裕すらなかった。
この時代、家族・親兄弟の絆、道徳心や長幼の序などが失われ、いま、問題になっている様々な負の連鎖はこの時代に芽生えたものともいえる。

しかしいま、戦後の廃墟から資源小国の我が国が世界の第一線にある経済大国と言われるのは、この時代の人々、今日の高齢社会を構成している人々全ての尋常ならざる努力があってのことだ。
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模倣・発展期のデザイン活動・・・・

 日本経済界の先進諸国に習う洋行は、経営者を含めて多くの人々がよく視察・調査に出掛けていた。
'49年には、アメリカの産業界を視察した松下幸之助氏はデザインされた製品にいたく感動、「これからはデザインの時代やで・・・」と、早速、自社に意匠課を設置した。
ものは造れば売れ、デザインをすることは「モノや生活の質」を創造的、本質的に求めるよりも、早い結果をのみ求める短絡的な企業要求に応える営利的行為として機能していた。当時、デザインは「図案」や「意匠」と言われ、海外招聘講師に理論や技法を習い、意味あいを探るなかで形を整え、魅力的なものづくりをすることだった。
欧米製品との競争は安く造り、大量に輸出すること、「人々が欲しがるもの」「売れるもの」を探し求める時代でもあった。

ニューヨークやロンドン、フランクフルト、見本市会場や商店街などの製品がある所には「メガネをかけカメラを手にした日本人が走り回っている」と皮肉られる始末だった。
日本人には見るもの、触れるものの全てが珍しく・・・。しかし、ウインドウを覗き込むことすら断られることもあったという。
「模倣」を警戒される?なかで、「習う」「倣う」こと、そして、「真似ぶ」「学ぶ」ことの意味を考えることもあった。
経営者の一部には、真似たら楽で、早いという本音が見え隠れしていた。
資金がなくとも利潤を得ることが出来る、何よりも失敗が無いということだ。
この発展途上に生きる一途な姿も国際社会では鼻摘まみものでもあった。
まだまだ卑屈な時代、冒頭のコラム(ジヨーク)は、この頃のものだった。
その後の日本経済は爆発的な成長発展があり、そして、高度経済の極ともなったバブルの芽を大きく膨らませることになった。
'92年にバブル経済は崩壊し、大倒産の時代の到来・・・。
軌を一つに活動した戦後デザインのパラダイムも破綻した。
発展途上のデザイン活動は、歴史的にも評価される実績をあげた。
しかし、そのデザイナーの多くは自問し、自らを責め自嘲的でもあるのは理解し難いとも思っている。
デザイン活動は時代・時間の経過であり、社会的な要求変化の中で最適に対応、しなやかに変容する、それが本質でもある。
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国際社会から日本が消える?・・・・
 国際社会から日本が消える、という危惧は数年来言われてきた。
国際社会の動向が示す数値の中に、極めて確率が高いものになっている。

'74年はGNP世界一位で、オイルショック後の狂乱物価、物価は2桁の上昇だった。
そして昨年('06年)、GNPは世界全体に占める割合が前年の10.2%から、9・1%に低下し、バブル経済末期の'94年の17.9%のピーク時からほぼ半減している。
これに対して、米国の比率は27.2%、EU15ヶ国は28.8%と2割以上を確保、その存在感を示している。
また、経済成長を続ける中国の2006年の名目GDPは前年より5ポイント上昇して5.5%だった。今後も、年13パーセントの成長を遂げると日本が2%の成長を持続したとしても2011年には中国に抜かれてしまう計算だ。
'91年からの10年間は世界一の座にあった日本の途上国援助、ODAがユ06年には米、英に次ぐ3位に。その3年後には、独、仏、伊にも抜かれ世界6位に転落することになる。

国連機関への拠出額の凋落ぶりは、国際社会における日本の存在感、発言力を大きく損なうことになると言われている。
日本と歴史的に関係の深い英国では日本研究の拠点が次々に消えていると言う。
英国屈指の名門ダラム大学の「日本研究部門」は、今年9月に閉鎖された。
エセックス大学の「現代日本センター」、スターリング大学の「スコットランド日本センター」、アールスター大学の日本語講座なども廃止された。
日本への関心は高いのだと言うが、より高い関心はいまや中国にあるというのだ。
なにより、中国の国策として世界各地に語学学校・孔子学院を設置していることもある。
'91年には515名いた在京の外国人特派員、現在は275人と半減し、その間の報道機関の数も337から201機関に大幅に減少している。
米、ワシントン・ポスト紙のブレイン・ハーデン東アジア総局長は80年代には日本経済成長の奇跡やビジネスモデルをめぐり、本が盛んに書かれアメリカの新聞の1面をにぎあわせた。だが、90年代のバブル崩壊とともに日本報道は減ってしまった」という。
海外ではマンガやポップカルチャーがもてはやされるが政治や経済への関心は低下している」のだとか。
日本経済の力強さが目立ち、欧米との経済摩擦が強かった'80年代は「ジャパン・バッシング(日本たたき)」が日本を語るキーワード。いまは、「ジャパン・パッシング(日本素通り)」なのだとか・・・。
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海外からの日本評価・日本再生!・・・・
 振り返ると、戦後のひたすら働く日本人の、経済成長に日本が輝いていた時代を私は生きて来たことになる。私の原点でもあった。
バブル崩壊のショックと周辺に見る不況感は、ひたすら働く日本人の心に呪縛(じゅばく)を与え、必要以上に身動き出来ない感覚におちいらせている。
そのことは、我が国にとっては極めて深刻なことだ。
いまも一年を回顧する時間の中で、我が国の混乱、そして退潮の現実を見せつけられている。
しかし、海外からの高い評価データーもある。
「最も世界によい影響をもたらしている国は日本とカナダ」・・・。
世界の600のメディアが報じたもの。
英国、BBC放送と米メリーランド大が27ヵ国、2万8千人を対象におこなった共同世論調査での結果だ。ちなみに、3位はEU欧州連合、4位フランス、5位英国だった。
外務省が米国でおこなった世論調査では「日本は経済力に見合った重要な役割を国際社会で果たしているとの答えが83%に・・・」。
また、米ネット企業エクスペデイアが欧州のホテル関係者1万5000人を対象にした調査でも日本人が「最良の客」に選ばれている。
「行儀がよいか」「おしやれか」などの採点基準で高ポイントを獲得した結果なのだと言う。
日本が打ち出した「紛争に関わる3者に利益のために手を携えて、まず、仕事を・・・」と言う中東支援策は「ユニークな発想」として評価され「国際社会の支援モデル」になった。

「謙譲心」「己の善を語らず」と言う日本人の美学。
武士道精神は「卑屈」で「自尊心」が無いと世界的に誤解されている。
東大、ハーバード大、華東師範大などの研究チームは日米中の大学生505名に潜在的な意識を測る新たな心理テストを実施。自分を誇りに思う程度を推定した。
これまでの調査では最も低い結果であったが、今回は「3者に差はなかった」のだと言う。
いま時の若者にも己の存在の「自尊心」はある。
しかし、国への思い、他人を思う心が有るのか?と言うことが問題なのだ。
我が国の戦後教育はあくまでも個人、自由平等・平均値主義によってプログラムされた教育であり、今日の様々な社会問題に本質的なダメージを与えている。

「志し」もなく、「目標」を失った人々・・・。
特に官僚、政治家の発想の貧困さは利己的であり大局を見る視点を失っている。
社保庁のずさんな年金問題は人々の不信を増大させ、今年の「偽装」を印象付け、社会不信の原因をなしてもいるのだ。

いま、多くの識者の提言に文科省の教育目標の反省と変容が求められている。
学ぶ環境の整備、教師や親の教育も欠かせないが、まず、小学、中学、高校教育を通して「生きる意味」「学ぶ目標」を確り心に刻み込ませることが何にもまして必要だろう。
自国を誇り胸を張る!
「志し」を忘れず努力する!
国のために、人々のために、何が出来、何をするのか!
そんな教育の成果が待たれる・・・。


                       (30 Dec., 2007 記)
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追伸:
我が国の戦後も63年目の新年を迎えた。
この間の近代化、経済発展の過程に生き、見て来たことになる。
マズローの「人間の欲求5段階」の全てを確かに体験したことにもなった。
その見聞、体験的デザイン史がこのコラムを掲載、67篇に繋がるものにもなった。
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一年の終わりにはその年にあった出来事や流行語など、様ざまな1年の総括があった。京都の清水寺貫主が和紙に鮮やかに、力を込めて書き表した一文字は「偽」。
生産地、賞味期限、内容などの偽装が次々に表面化、責任者数名が並び、ふかぶかと謝っている姿が重なる1年だった。
「偽」は国民による投票で1万数千票を集めた。
なんとも信じられない世の中になったものだ・・・。
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「信です・・・、かね・・・」

「世相を表す一文字は?」と記者に問われた福田首相。
「信じるという、『信』ですか?」
「ウ、ウ〜ン、そうですね・・・」とうなずく。
「信じられる社会にネ・・・」
お互いが信頼で繋がっていた時代を思ってのことだろうか! 
来年こそは、佳い年に・・・。