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コラム「創造力の根っこ」VoL.42(10/01/2012)

『おばけ屋敷』の復活・ゲーム時代−〔自発〕3             鈴木淳平

 情熱は、ドラキャラになりきり、プレイヤーの子どもたちになりきり、試作を自作させ、独りテストプレイするなど商品化過程に必要な集中力を養います。
集中力は、もっと面白くしたいと夢を広げ、買って遊ぶ人を増やすインフルエンス効果を狙い、独りで何役も演じ〔なりきる〕多重人格な自分に変化させ、客観視させ、向上心と完成度をあげる自問自答を繰り返す〔自発〕を活性させます。

コンセプト・〔らしさ〕の具現化
ドラキュラ〔らしさ〕は、『ドラキュラゲーム』内容に集約し、具現化することです。
ネーミングに興味を覚えパッケージの世界観に引き込まれ、パッケージを開けセット内容を見つめる子どもたち・消費者が、遊びたくなる〔らしさ〕を満たし惹きつけなければ買おうという氣を半減させてしまいます。
対決するドラキュラ城までの険しく恐ろしい道のりをクッキリとマス目であしらった盤(ボード)、対決・退治を挑む黒いマントのドラキュラ・フィギュア(人形)、取られたくない赤い血液チップ、ニンニクや十字架を絵柄にした対決カード、トランプの枚数に合わせたゲーム進行用カードセットなど、目に飛び込むセット内容に、〔なりきる〕子どもたちの輝いた目は、売れ行きに比例します。

1979年の秋口から手作り試作に入り、ニンニク、十字架を手描きしたカード、血液を想定したカジノゲームのチップ、ボール紙に手描きした盤などゲームのイメージは試作間もなく、ほぼ出来上がっていましたが、ゲーム進行のルール不備、不完全さに想いのほか年末近くまで時間がかかり難題を抱えました。
完成の披露は、直属上司に正月・年賀の挨拶がてら自宅でプレゼンして、と言われ、その頃から商品化決定かなと心の中が高ぶるのを感じていました。

子ども調査
1980年の正月も終わり実際に対象となる子どもに、子ども調査会社に依頼し反応を直接得る機会が訪れました。当時から子どもたちは忙しく放課後と塾通いの間のわずかな時間に集合してもらい実際にゲームをしてもらう調査でした。
ブレーンさんが並行で進めていたボードゲーム試作「レーシング・ゲーム」、「競馬ゲーム」、後に、親しみやすいネーミングの『JALパック・世界一周旅行ゲーム』に改良した「旅行ゲーム」の3点と、『ドラキュラゲーム』の4試作で4人一組の4グループ16人の子ども調査を実施しました。
進行担当(バンダイ社員)が簡単なルールを説明し、途中、子どもたちのルール質問に応対しながら遊んだ後、調査会社が子どもたちにインタビューする調査方法でしたが結果、子どもたちの『ドラキュラゲーム』を遊びながら喜ぶ姿と反応の良い感触を語った調査レポートで商品化へ大きく前進しました。
 参考写真は、1980年当時の調査記録として個人保管しているものです。
アーカイヴス(記録保管)を忘れず、客観視でき貴重なる資料として、未来への進歩と精度向上に役立ち保管する習慣を身に着けておくと良いと思います。

流通見本市
最終決定は、玩具流通対象の見本市での業界の営業マンの評価でした。
よっぽどでない限り商品化を取り消されることはないと事前に聞いていながら、「バンダイでは過去に2回、盤ゲーム(ボードゲーム)の導入に失敗し3回目も失敗すれば流通は、バンダイの盤ゲームを買わなくなり今後出せなくなる」、と自動車好きの先輩がタイミングを見計らってプレッシャーをかけてくれました。  
ますますやる氣をおこされ、盤ゲーム導入が出来なくなりそうなジンクスをはねのけ、ビギナーズ・ラックも手伝ってか流れは商品導入へと傾いていきました。
今まで手作り試作だったデザインをそのまま下敷きに見本市プレゼン用にコストをかけ量産風試作を外部発注し流通見本市で見せられるようにしました。

商品化決定
見本市会場で説明員としてその量産風試作を挟み対面で問屋営業マン相手に説得力あるセールストークと熱意でプレゼンし評価をあげようと挑みました。
流通の評価は、多くがニヤニヤと首をかしげ可もなく不可もなく、でした。
見本市も終わり酷評もなく市場に答えを求める商品化が正式に決まりました。

量産化へ
いよいよ量産用最終デザインと生産です。カードのデザイン・ゲーム中カードを入れるカードトレーの成型・コマ製作・パッケージ用イラスト・版下を、バンダイ栃木工場や印刷会社・デザイン・ブレーンさんに見積と発注、手配する段階です。

パッケージデザインのこだわり
基本色のイメージは、緑と黒と赤が〔ドラキュラらしさ〕だと決めていました。
売り場で買うのを迷う子どもや消費者を想い浮かべ、手に取って見入り買ってゲームをしたくなるようにする役割もパッケージデザインの良し悪しです。
ドラキュラ城とロゴ囲いのコウモリを緑と黒で統一し、ロゴのドラキュラを一番目立つ赤を使い完成させました。ドラキュラのイラストは、コダワリから納得するまでイラストレーターさんに二ケタ近く修正をお願いし大変な苦労をかけました。

量産
商品はほとんどが印刷物でパッケージ担当をしていたことが功を奏しました。
初回ロット(量産数)は千ダース(1カートン1ダース12個入り)の12,000個。
デザイン版下から校正・生産まで1,2か月で終了する数量ですが、工場ラインの空き状況や資材納品の予定などで納品は左右されます。
結果、子ども調査を2月に終わり3月にデザインスタートし売り場には4月中旬に並ぶことになりました。

『ドラキュラゲーム』発売
当時のおもちゃの発売時期は、学校の休みで子どもたちが遊びに夢中になれる春休み、GW(ゴールデンウィーク)に多くの新商品が投入されていました。
『ドラキュラゲーム』も春休みに投入する予定でしたが4月中旬になってしまい事実上おもちゃ売り場で売れ始めたのはGWの助勤からでした。
(続く)












 

 

 

 

 

 

 

 

 



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子ども調査風景1980年春



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パッケージはこの段階ではありませんでした












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パッケージ『80年・東京おもちゃショー』用カタログより