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清水教授のデザインコラム/連載 - 25(6/13/2004)

途上国・地域学童のためのデザイン・・・
29回目の軽井沢セミナー

軽井沢セミナーのキーワードが9日に発表された。
ただそのまえ7日には「ID論」の授業の中で2年生には伝えていたものだ。
多少の意味、説明を加えて・・・。

各グループ1〜2名の出席が確認され、情報が2年生からグループリーダへ伝えられることを意図したものでもある。
今回のキーワード「途上国・地域における学童の生活・・・」
その情報・資料などの収集活動の始まりは早い程よいからでもある。
一刻も早く伝えたいとペンを握る者、どうせ直ぐペパーが配られるのだろうからと考えた者もいたようだ・・・。
授業や情報は常に公平に、均等に与えられるものと思ってはいないだろうか?
やや意地悪な試みだったが、情報は必要な人、関心を持っている人にのみ集まる事を言いたかったのだ。「情報と気付く者」、「気付かない者」「生かすも殺すも」その人次第でもあるのだ!
与えられて当然!待てば来るというものでは絶対にない!ハその事を強く意識しておいても欲しいものだ・・・。

ところでその「キーワード」、3、4年生には見覚えがあるものだろう。
確かな記憶として・・・。或いは、そのセミナーの情景すら鮮明に思い出してもいるのかもしれない・・・。
「途上国青少年のための製品デザイン・・・」は'02年度のキーワードだったからだ・・・。
この地球上の人口は65億、その大部分が途上国・地域、第3世界の人々でもある。人口減に悩む我が国とは異なり、まだ増え続けてもいる・・・。
折りしも、アメリカ・シーアイランドで行われたG8サミットの主要な議題の多くを提起もしている・・・。「貧困」「テロ・紛争問題」「エイズ対策」「教育の遅れ」「飢餓の循環」・・・・。
関心を持つて「デザインに何が出来る?」を考えてみたい。

あれからの2年目の軽井沢セミナー
今はもう3、4年生。上級生として後輩の目標となる立場でもある。
その2年間は充実したものだったろうか?

「そんな事より、その時のデータは?」
「あ、あれ、あの先輩のところに・・・」
「そのデータ、役に立つの?今も変わってないの・・・?」
「一体、その時のデータと何が違う・・・?」
「とに角、キーワードから何を読み取るかだ!」
「そのことは『想像する力』が肝心でしょう!」
「その事より何より今、調べなければならないことをリストアップ!」
「軽井沢セミナーの『テーマ』は何だ! 資料、何が必要なんだ!」
「とにかく『途上国・地域』って・・・」
「学童って? 青少年とどう違うの?」
「その生活を調べなければ・・・」
「どこで、どんなことを学習するのだろうか?」「算数や国語、絵を描いたり?」「体操も?」
「教科書やノート、鉛筆は・・・」「校舎や教室、黒板、机、イスはどうなの?」
「運動場で遊ぶ?」「どんな遊びやゲームがあるのだろうか・・・、日本と同じか?」
「サッカー?そう言えば、地雷の無さそうな場所を見つけて子供達がボールを追って走り回っていた   が・・・」
「彼らの夢は、なんだろう・・・?」「そのために・・・、我々に何が出来る?」
「育ち盛りの彼らは何を食べているのだろうか?」「家族との団欒は・・・」
「小学生が働く? どんな?」

デザインをすると言うことはそんな彼らのライフワークをはっきりと理解し、脳裏に描き、浮かび上がらせることからはじまる。
アイデアの発想量はその理解力、多様な解釈力に比例するものだ!
方針を確認するこ、目標・条件が明瞭ならばアイデアスケッチはスムースになる・・・。
自分自身の小学生時代を重ねてみるのも必要だろう。
しかし、何よりも周辺から得られる「ヒント」はアイデアの飛躍に大きいもの・・・。まさに壮大な100名余によるブレーンストーミングでもある。
途上国にとっても「学童の教育問題」は国の将来を託す極めて重要なこと、その為のツールとして「学童に夢を与える」もの、そんなデザインでもあって欲しいと考えている。
まだ見ぬ国々に思いをはせ、デザイナーの持つ感性、想像力。それらを動員しての創造であって欲しい!
そのことが多分、意味を見失いつつある我が国のデザイン教育、その「起点」を思い起こさせてくれるものともなるに違いない!

                       (June 12/'04 記)




清水教授のデザインコラム/連載 - 24(5/30/2004)

アイデアはまず質より量を生む努力を・・・
能力の拡充をはばむ?「バカの壁」

移り気な国らしいことだが・・・。
あまり見ることもなくなった、あの「IT革命」と言うセンセイショナルな文字・・・。
そのことが話題になり始める数年前のこと。
「紙はなくなる・・・」
「IT社会ではペーパーレスになる」とその道の研究者、技術者が口を揃える。
「デスク1枚に膨大な量の情報が記録されるのです」
「百科辞典数十冊が1枚のデスクに収まるのですよ・・・」
「まだまだ、おぼろげなIT革命のカタチ、伯仲した議論が活発だった」
「そうなると教師が要らなくなるのでは・・・」等と言う意見も飛び出して、妙に同情されたりもしたものだった。
学者、大学教師、官僚、企業・ベンチヤー技術者を集めての「産官学IT研究会」での事だ。
そう言えば、僅かに文庫本1冊にも満たないサイズで30数冊の辞書、参考書が収められている電子辞書にはほとほと感心もし、大変重宝もしている。

しかし、今もペーパーレスではない。
数千年、使われ続けられてきた「紙」が、そう簡単には無くなるまい。
私自身、大学でも自宅でも机の上と言わず、その下にも紙が積み上がっている。
「発明」「アイデア」と言うものは人が気付かないことの発見であり、組み合わせでもある。
本や資料、アイデアスケッチですら一体何が必要で、何が不必要かは直ぐには決め付けられない。
たしかに、ストックされている資料、アイデアスケッチ類が他の問題にも役に立つたと言う経験がある。
テーマに置き換えたヒントにもなつていることも多いのだ。
逆に、参考資料などを捨てて仕舞い、後で後悔したということも度々。
そんな経験が重なると、ますます何時かは役に立つのではと積み上げていくことにもなる・・・。

誰もいないアトリエを覗くと、床に返却された作品が無残に踏みつけられ、テーブルに放り出されたものを見ることがある。
見捨てられてられた作品?
苦労して完成させた作品であるだろうに・・・。
その作品、自らの貴重な情報源となるもの、大切にして欲しいね!

発想はまず質より量を・・・
「まず、『質より量を生み出す努力を!』、独創、差異化はそこから生まれる・・・」授業のたびにそう繰り返している。
しかし、「はじめの思い込み」、それが答えとなり、全ての課題・問題解決が終わるようだ。
答えの1つ、或いは少ない量のアプローチからは独自性の高いものは生まれ難い。

デザインを学ぶものにとって、好奇心をもって観察することが極めて重要なことと言える。
カタチや色をもって最終表現の手段とするデザインは「観察する心」を持ち、表面的な事象に止まらない「観察」を心掛けるべきだろう。
生活の中での人々の営み、物の在り方を自ら触知することが必要だろう。
よく見る人、よく聞く人は良く考える人であると言われるが・・・。

しかし、「フウ〜ン・・・」と言う気乗りしない反応、「あ、これね、知ってます・・・」と予め受け入れることを拒否するような態度が意外に多い。

「で、この授業は何を勉強するのですか?」と言う質問には腰が砕ける。
案の定大部分の学生は「それがなんの役に立つの、と言う反応・・・」
それより、プレゼンを要求されている次の授業が気になってという素振り・・・。
そんな彼らの顔を伺ながら「これ、この部分が試験に出るよ!」と呟く。
見渡すと急に目付きが変わったように見える。手が動き、メモを取る様子が感じられるからだ。
彼らは「試験」と言う単語には反応するのだ!

豊かさと情報が錯綜する時代の人々には養老孟司の言う「バカの壁」がある。
学ぶ明確な目的意識は希薄・・・。試験をそれなりの努力でやり過すことが生き方なのだ。

ところで先日、「なぜ『形』ではなく、『カタチ』と書くのですか?」との質問を受けた。
「形」は外見に現れたモノの姿。人の感覚、つまり視覚・触覚で捉えられるものを意味する。電子辞書の広辞苑はそう解説する。
しかし「カタチ」は引くことが出来ない。
形が視・触覚的で捉えられるものに対して、「カタチ」は視・触覚によって形として捉えられないコトを意味し、そのカタチ化を意味するカタカナ用語でもある。
既にある意味、その意味概念のみに囚われない新しい可能性を意図するものとして使ってもいる。
ちなみに、感謝のカタチとしてお歳暮、お中元という「生活のカタチ」もある。
・・・・・・・
観察する力は日々の新しい発見を生み、想像と創造する力を育む。
多くの情報と資料、その行間にある意味とその裏側にある本質を見極める、そんなプロとしての目が研ぎ澄まされる。   
カタチを情報として「読める人」と「読めない人」の差も大きいのだ。

前回のコラム、実は、小さなクリップにもそんな情報が凝縮していることを見通し、感じ取ってもらえただろうか?
人類にとっての4大発明の1つと言われる紙、様々に使われて来た歴史の過程が想像される。
ペーパーの語源とも言われるパピルスの時代から丸めて保持し、紐でくくることもあった。
勿論、さらに紙を重ね、束ねて書類を分類する必要から「ゼムクリップ」が生み出される動機になったのは容易に想像出来ることだろう。
数千年の人類史「より良く生きる」ための「より良いものづくり」。
そのことが連綿と続き、今日に連なることになる。
「好奇心」と「感動」は人の豊かな感性と優れたデザイナーを育むのだ!
はかり知れない自然の、素晴らしいデザインに感動しよう!
人類史、人々の営みの中で生みだされたモノ、そのデザインに畏敬の念を持って接しよう!!
季節の日差しは、その「カタチ」をはっきりと浮かび上がらせてくれるはずだから・・・。 

 (30・May '04 記)





清水教授のデザインコラム/連載 - 23(4/28/2004)

クリップから宇宙船まで・・・
「カタチ」を考える・・・

 10Cmほどの針金を1回、2回、3回と折り曲げる。
たったそれだけで1つの製品が出来る!?
最も素朴で単純な製品の1つ?
クイズではないが実は紙や書類をたばねる「ゼムクリップ」の話だ!
多分、誰も余り意識もしない製品だろう・・・。
しかし、「何故こんな形をしているのだ?」
「違う方法は?」などと針金を曲げながら考えたことも1度や2度ならず有るのでは?
時には針金を伸ばし、固まったチュウブの口に突っ込んでかき回したり、繋いでチエーンにしたり・・・。と何かと重宝なものでもある。
小さくて単純、3回曲げたら出来ると言う、そのカタチ・・・。
しかし、決めるのはそう簡単な話ではないのだ。
一寸考えただけでも、
・紙を傷めず確りと束ねる構造・・・
・手と指、紙との関係を考えた使い易さ・・・
・指などを怪我しない安全性・・・
・適切な材料、適切な弾力性・・・
・生産・加工性・・・
・最適な寸法・・・
・収納し易さ・・・
・その他等など・・・。
それらの全てに満足がいく答えを見出し、1つの「カタチ」にしなければならないからだ!
このゼムクリップも「1つのカタチ」を見出すまでには、長い時間と多くの人々の知恵が重ねられている。

開発の歴史・・・
 多分、19世紀の半ばから?
木製のそれに代わって工夫、改良されて来たものだろう・・・。
その証は、1903年に特許出願されている「クリップ製造機」の「存在理由」として、既に今日の形状をした「クリップ」の曲げ加工の工程をはっきりと図示しているからだ。
衣服を留める「安全ピン」らしきものは既に古代ローマ時代から有った。
そのピンの弾力性を持った針金を曲げるのは大変な事だったろう・・・。
産業革命以降の機械化の過程では「クリップ製造機」の改良も進み、クリップの「機能と構造」は「機械による生産」を前提としながら考えられる事になる。
未熟だった機械加工も、徐々に確実に精度を上げ、生産量は飛躍的に増大していく・・・。
しかし、条件に答え、「理詰め」で決められそうなシンプルな構造も、改良・改善は終わらないし発明特許の出願は今も続いている。
ただ、それらの何れもが「ゼムクリップ」の『欠点』の改良・改善を試みたものでもある。
「あの航空機のプロペラ・・・。理詰めに、理論的に考えれば『カタチは一つ』では、と考えがちだが決してそうではない・・・」と言われたのは航空工学の権威で本学理工学部教授の木村秀政先生。かって、卒業制作で「新しい1人乗りオートジャイロ状飛行体?」の提案があった。「これは飛ぶのか?飛ばないのでは・・・」と審査に当たった教員の議論百出・・・。そこで木村先生にご相談したのだ。
「うーん、これ、確かに飛ぶでしょうね・・・」と言うお墨付を頂いたときの話だ!
その後、その作品には「学部長賞」が与えられた。
・・・・・・・
ところで先日、「東急ハンズ」の売り場を覗いて見た。
相変わらず「無いものは無いのでは・・・」と思わせる売り場。その一画に大小、形状、材質、色合いまでも様々なゼムクリップがあった。
必要な「原理機能」を改良・改善し継承したものたちでもある。
何よりも、用途は同じでも構造や材質が異なり、形状が異なるものの多さにも驚かされたものだ!

クリップから宇宙船まで
 レイモンドローウイの著書を邦訳、「口紅から機関車まで」としたのは藤山愛一郎だった。手掛けた製品の広がりを示したもの、当時からデザインの領域を示すときによく引用されたものだ。

ところで今は、どうなのだろうか?
IDの領域を言う時、なんと言うべきなのだろうか?
デザインのパイオニア、ローウイが示した「口紅から機関車まで」は、いまは何と言うのだろうか?
先日、ふっと、そのことを考えていた・・・。
あれから半世紀・・・。ローウイの後輩たちが手掛けたものを思い浮べてみた。
スプーンやコップ、炊飯器、車、テレビ、洗濯機、新幹線、パソコン、デジカメ、ロボット・・・。周辺にある「モノ」の全て・・・?
それらは直接、間接にデザイナーの手を経て送り出されていると言っても過言ではないのでは・・・。
そう思いながら見渡している時にクリップに気が付いた。
日頃、便利に使っているのに、ついつい忘れていたものだった。
そして閃いたのが「クリップから宇宙船まで・・・」だったのだ!
その対極に宇宙の彼方にある「宇宙船」をすぐに思い浮かべた。

もうかなり前になるが、シカゴのイリノイ工科大学のインダストリアルデザイン学部、そのショウケースにもそれらの模型が入っていた・・・。
無重力空間での生活行動・・・。
「NASAとのコラボレーシヨンの記録なんです」と説明してくれた・・・。
永々と続いた人類の夢、想像の産物はマンガの中に登場し軍事用としても開発されるが、現実のものとなったのは1960年代に入ってからだろう。
宇宙開発に関わる未来の可能性、現代科学技術が目指すシンボルでもある。
「地球は青かった」と伝えてきたのはソ連のガガーリン宇宙飛行士。
月面を飛び跳ねるアメリカの宇宙飛行士・・・。月面越しに見た青い地球の神秘・・・。その映像に驚嘆したのはもう30数年も前のことになる。
その感動はいまも鮮明だ!

先年、市ヶ谷の本部・大講堂で開催された宇宙に関する国際会議。競い合った米ソの何人かの研究者、宇宙飛行士が招請されていた。
映像が映し出される暗がりで、一寸会釈をし私の隣の席に着いたのは、あの毛利 衛宇宙飛行士だった。前列には向井千秋宇宙飛行士の顔も・・・。
総長指定研究の一貫としての「国際シンポジューム」に、また感動を新たにしたものだったが・・・。
勿論その後のレイモンドロウイデザイン事務所が手掛けた製品の中にも宇宙開発に関わるデザインもある・・・。

学生にとっては及びも付かないテーマ?最近はテーマとして取り上げられることもない・・・。
クリップのデザインは兎も角、宇宙船のデザインは難しい?
確かに・・・。単純なクリップはある意味では易しい。
しかし、改良変化の余地、可能性は極めて小さくオリジナリテイを求めるのはなかなか大変なこと・・・。
それに対して宇宙船はまだまだ、これからのテーマでもありそれなりに余地は大きいとも考えられる・・・。
いずれにしてもテーマにするからには、その事を「知る」努力、行動が必要なのだ・・・。
学生の中には往々にして自らの「場」を限って安住し、小さく固まって満足している様に見える。
若さや時間、そして無限の可能性を与えられているのに・・・。
自らが生きる空間、そして壮大な未来世界を想像する・・・。
そんな両の手を精一杯伸ばし、なお背伸びした「何か」にもチャレンジして欲しいとも考えている。
「分らないから・・・」、「大変だから・・・」、「面倒だから・・・」と言うだけでは何も変わらないし進歩もないだろう・・・。
宇宙船はそんな意味を重ねるシンボルでもあり、デザイナーとして備えるべき「ビジョン」を求めるものでもある・・・。
(April 26 2004 記)

・・・・・・・
追伸:第1回のコラムは、「自然に学ぶカタチ・・・」だった。
事の初めとしてそこから始めたという訳では無かった・・・。
当たり前のことだが今も素朴に自然物を見、触れる。
そのたびに感嘆し、感動もしている。
花のカタチ、構造、仕組み、その多彩な彩り・・・。
1つの花弁の彩、赤や黄色、白や紫の変化の仕組みは?
カタチの差別化もさる事ながら青と黄色に二分化されたの熱帯魚、その仕組みはどうなっているの?
壮大な宇宙空間にぽっかりと浮かぶ地球・・・。無限の宇宙空間をさまよう「宇宙船地球号・・・」。「数兆、数千光年の星、宇宙の広がり・・・」
「やめよう・・・。これは私には想像もつかない・・・」
先端科学が取り組むロボットも動物、昆虫、甲殻類のカタチ、構造、仕組みに習うこと
が多い。
人がこともなげにする動作、その機械化――ヒューマノイドロボットによるシュミレーシヨンの完成、それを超えることはまだまだ出来ない・・・。
コピー、DNA 遺伝子=生命の設計図もその後の環境因子によって差異が生まれると言
われる。カタチもまさにそうなのだ!
思考結果の果実としての「カタチ」は無限にあるものの1つ・・・。
「クリップ」のDNAも進化過程での環境因子による差異化、その「カタチ」でもあると見るべきなのだろうか?
(April 26 2004 記)





清水教授のデザインコラム/連載 - 22(3/27/2004)

少年大道芸人のゆめ:

夢膨らむ季節に想うこと・・・

「早いね〜、もう3月だョ〜」、最近会う人毎の挨拶だ!
年末からこの3月に掛けては特に早く感じる。
ところで、随分と久しぶりに井の頭公園を歩いた。
運動不足気味の私たちを気遣ってか姪が誘ってくれたのだ。
「奥多摩へハイキングに行きましょう・・・」と言う電話だった。
「ェエ〜ツ、奥多摩〜!それより、井の頭公園の近くに一寸気取ったフランス料理の店があるのだけど・・・」
「そこでお昼を食べて、公園でも歩いたら・・・」と逆提案。
なんとか、手近かなところで済ませたいと言う作戦だったのだ。
・・・・・・・
公園への坂道から見る木々の梢は微かに黄み、春を感じさせていた。
陽射しのある池沿いの道に若者たちの店が立ち並ぶ。
広げた敷物の上にはアクセサリーや可愛らしい額の絵が売られていた。
束ねられた花は恋人への贈り物?小さい花びらが可愛らしい・・・。
そこ、ここに独り、或いは数人のグループがそれらしくギターを弾き、歌を唄っている。
練習?或いはストリートパフオーマンス?だろうか。
大きい剣玉で人垣を作っている若者もいた。

季節の移ろう陽だまりの中で夢を膨らませ飛び出して来たのだ。
若者が「夢」を目標に変えて、追う姿でもあるのだろうか。
画家や歌手、タレントを目指してる?
暦ではちょうど「啓蟄の日」、土曜の昼下がりだった。
「何か・・・」を求めて独り上京、大都会の厳しい現実を背に今晩の糧を求める・・・。
そんな若者もいるに違いない。
小犬を引いた若い女性たちの散歩姿も多い。
子犬同士が尾を振り鼻を突き合わせて相手を探り合う間、ご主人は嬉しそうに立ち話しに興じる。
それにしても、コートにハイヒールのフオーマルウエアーが目に付く。彼女らの流行の散歩スタイル?

そんな騒めきを縫って歩いているうちに丁度半周し対岸へでた。
日陰が多く、木立の風が冷たい。
その先に5〜6人の人垣。歩を緩めながら覗き込んでいる人も。
その中に立っているのは中学生?或いは小学生かも知れない。
どうやら、その人達に話し掛けている。「何色がいいですか?」と、はにかみながら・・・。
「うーん、それじゃー赤・・・」と、1人のお年寄りが答える。
少年はそれらしく左手を突き出すとその握りしめた手から赤い布切れを引っ張り出していた。「あ、手品かァ〜」
まだ、あどけない顔付きの少年は赤い布切れをパァーッと広げた。
ぱらぱらと拍手がおこった。
「赤い布を出すだけでは面白くないでしょう。今度はこの布を消してしまいま〜す」と口上を述べる。先程の様に左手を突き出し袖口をまくり上げると、その手の中に赤い布地を押し込んでいった。
その布地が手の中に押し込まれたその瞬間、両の手をパッと広げた。
「アアッ・・・」と目の前でその手元を見ていた妻が本当に驚いていた。手品向きのリアクション、いい客だ!
よく見るネタだが、その少年は見事にやってのけたのだ。
それが最後の手品だったらしく、少年はペコリと頭を下げると「有難うございました」と古びたカバンを閉め、拍手をする客に挨拶をした。
可愛らしい芸人だ!見物客の何人かが足下にある缶に気付いてお金を入れた。
都会的で利発そうなその少年が大道芸人??  
・・・・・・・
そうだ!と気付いたのは翌日のことだった。
そういえば・・・。
外人数学者が巧みな大道芸を見せていたのを思い出したのだ。
数学と大道芸、一見無関係とも見えるが・・・。
多分、そんな数学者を尊敬し見習っているのだろうと考え納得したものだった。
幼いが自分への試練?物怖じしないための訓練だったのかも・・・。
「そのための大道芸、多分、ネ!」

I→T→Π→?
私自身、そんな数学者の登場に驚いたのはもう20数年?も前のことだったが大道芸人と数学者・・・。
数学者が大道芸人!?余りにもミスマッチなこと。
当時の日本人には常識として、そう見えたものだったのだ。
そういえば・・・。池原止志夫東工大教授とは非常勤をしていた武蔵野美大で毎週のようにお会いし、話をさせて頂いていた。
神戸に生まれ、高校からアメリカに留学された先生は、名門マサチューセッツ工科大学(MIT)で学ばれていた。「サイバネテックス」を提唱した、あの天才数学者ノバート・ウイナーのもとで研究員として勤務もされウイナーの著作「人間機械論」などの翻訳。当時のMIT日本人会会長もされていた。
その話しにも色々と驚かされていたのだ。

ウイナーは14才でハーバード大学大学院に入学、18才で博士号を得たと言う天才。
そのごMITの教授になり生物と機械の通信制御システムを研究「Cybernetics」として発表している。その知覚と脳、筋肉のメカニズム、「情報の伝達と制御研究」は今日のコンピュータ・IT社会を誘導する基となるものだ。
「14才で大学院?」「18才で博士号?・・・」驚きですねーと私。
「しかし、彼らは実にタフなんですネー、よくパーテイが有り、明け方までも大騒ぎをする。しかし、酔いつぶれてしまう日本人留学生に対して、彼らはそれからでも確りと予習をしていたんですョ〜」と・・・。
「彼らの専門は1つではなく2つ以上が常識なんですョ〜、その何れもがトップレベルの・・・」とも。
それが「数学と医学、或いはピアノやバイオリンの演奏、テニスや絵画・・・。それらも専門と同じく一流なんですね」と言うのだ・・・。
確かに、幾つかの専門領域を繋いで「Cybernetics」は生まれたものだ。
またMITのキャンパス計画。「その時代を代表する建築家の作品が点在し、キャンパスはまるで博物館のようですよ〜」と得意げでもあった。
そんな話をにこやかに、熱心に話された先生の面影を懐かしく思い出した。
・・・・・・・
我が国もI型からT型、そしてπ型へとその能力や専門性の複合、拡大が言われて久しい。
しかし・・・。そのためには幼時からの明確な目的意識と複眼的発想力を持たせる教育が必要だろう。出来れば申し分ないのだが・・・。
多くの識者、関係者が口を揃えた「ゆとり教育の試み」は早くも失敗だった、とも言い切る。教育効果を上げるためにまた、強制教育に戻ると言う意見にも些かうんざりする。
その何れかでは無く、その何れもが必要なことだからだ!
その複眼的・バランス感覚。自らが「生きる確かな目的意識」の中の・・・。
(March・26/'04 記)





清水教授のデザインコラム/連載 - 21(2/26/2004)

パートナーシップ:

独りの挑戦とグループによる挑戦の効果

 このコラムの連載を始めた頃、2回目にノーベル賞の田中耕一さん、3回目にはあの青色発光ダイオードの中村修二さんを取り上げた。
発明家としての共通する資質、しかしそれとは対象的に見えるお二人の性格や生き方・・・。
大変興味深く思ったからでした。
そして、前回のコラム(20回)では、その日本人像に実は田中耕一さんを重ねていたのでした。
「己の善を語らず・・・」極めて日本人的な特質です。
俺が、俺がと自己主張をせず至って謙虚なのです。
他人に対しての細心の心配りはいかにも「人の和」を大事にもしているのです。
「研究仲間がいて今の自分があるのです」と感謝の気持ちをいっぱいに表現もしています。
一方の中村修二さんは、発明後、直ちにヘッドハンテイングされたアメリカへ移住し対価を求める裁判をはじめている。
多分、逆境と孤立無援の中に「独り取り組んだのだ!」という強い想いがある。
これまでの日本的な通念からは理解され難いのだが、意志は強固なのです。
そして裁判闘争で勝ち取った発明の対価は200億円!
凡の予想をはるかに超えたもの、わが国産業界には大きな一石を投じたことになりました。
田中さんのノーベル賞の発明は企業特別報酬として1千万円。
およそ2000倍の開きと言うことになります。

国際コンペに挑戦したこと
 発明の対価?個人の知的所有権?は大学における教育とは無関係ではなくなっています。
学生のあらゆるものにも知的所有権が発生するというのです。
しかし、現実に大学で、その授業の中で権利者を特定すること自体、判断が極めて難しいのです。
まして何がしかの金銭が絡み、自己主張が絡むと相互の信頼関係をすら失いかねないのです。
極論すれば授業として成立しない事にもなりかねないのです。

かってクラス単位で数回の国際コンペに挑戦したことがありました。
コンペへの参加によって世界のプロ、アマを問わない競合と自らが求めたモノとの比較が出来ることがいいのです。
テーマによっては、その教育効果は極めて大きいのです。
「個人で参加したら・・・」と薦めるのですが、課題と並行しては中々難しいというのです。
という訳で、演習としてチャレンジすることになったものでした。
チャレンジはまず、テーマに対する理解、解釈が重要になります。
出題側の要求条件を十分に咀嚼(そしゃく)もしなければなりません。
解決の可能性を浮かびあがらせ、微かだが最初のビジョンによって解決、可能性への指針を持たなければならないからです。
また、一体何人の人数でテーマにチヤレンジするか?
専攻生26,7名を1グループというのではさすがに多過ぎるでしょう。
意思の伝達も難しい。
テーマによるが3,4名でしょうか。多くても5,6名がせいぜい。
つまり、グループ全員の分担による調査、デスカッション、相互の触発し易い人数なのです。
そんな5〜6グループによるプレゼンテイションがクラスとしての刺激的に機能し合うものも学習効果をあげます。
限られた演習の時間がグループ夫々の異なる方向性、可能性を比較する効果やアイデアの比較、グループ相互に触発しあうものになる。
問題の解釈、理解が深くなり、そして広くなれば当然独自性、独創性の芽も多くなるのです。
理解が狭く短絡なものであれば余り独創性が高いものにはならない。
意見を交わしお互いに足りないものを補い、独自性を発見する。
グループワークが進み締め切りが間近じかになる。と、そのグループの連携は見事なものになってきます。
その効果の体験はグループが次にやるべき事を理解し各自の勘を鋭く研ぎ澄ますことにもなるのです。
兎に角、プレッシャーの中でやり終えたときの達成感、その体験が貴重なのです。
まして、入賞となれば「サイコー!」と言うことになる。
賞金を手にする喜び!そして、人が変わる・・・。
「あれは俺のアイデアだった・・・」、「一人で頑張ったから・・・」、「一人でやれば賞金は分ける必要がなかった」と言う論法なのだ。
そして、翌年からは一人でチャレンジする・・・。しかし、残念ながらその後入賞したという話は聞かない。
多くの場合はアイデアにつまって応募すら出来ずに放棄してしまうからだ。
グループだから入賞した、と考えるべきでしょう。陰に陽に仲間と影響しあった効果なのだと考えるべきなのでもあるのでしょう。
グループ相互の責任分担は良い意味でのプレッシャー。
1人の身勝手で「駄目なら止めちやう・・・」という安易さ、気楽さは否定されることになります。 
独りでは気付かなかったことにも気付くこと、気付かされることが多いのです。
調べる範囲を分けあえば知識量は数倍に拡大します。
「ブレーンストーミング」がそうである様に、仲間のアイデアのヒントで次のアイデアを生むのです。その連鎖効果・・・。「つまりそれが能力の拡張にも繋がるものなのです。

勿論、決して独りの挑戦を否定するつもりはない。むしろ奨励したい事なのです。
しかし、独りでそれらの事をやり通すには、強い信念と高度の能力を必要とするのだと言う事です。その孤独に耐える気概が必要なのです。
(26・Feb,'04 記)