学年末、大学が最も慌しい季節を迎えた。
そんな中で、2日間の入学試験も終わった。
やれやれと、ホッとする反面、合否を分ける判断をせざるを得なかった憂鬱さにも襲われる・・・。
そんな、何か心落ち着かない日々でもあった。

目標に向かい、夢を抱いて集う受験生達。彼等の資質、能力、その差は微妙だ・・・。合否という二極に分けることは極めて難しいこと。
ひとの夢を、運命を分けることになるのかも知れない。責任を感じるし、神経を消耗させられるときでもあった。
そんな緊張の時間を私は、もう数十回も繰り返したことになる。
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眼を輝かせ、期待をいっぱいに大学生活に向かう新入生たち。
しかし、スタートラインから、徐々に抜け出していくものがいる。
学力やデッサン力、発想力などが特に優れているから、と言うわけではない。
「デザインが好きだー」と思っている、そんな学生・・・。いつの間にか、頭1つ抜け出しているのだ。

デザインを学ぶこと・・・
 学ぶことは決して楽しいことばかりではない。
現実を前にし、その厳しさを知る。自分の思いとは違うことに幻滅する学生も多い。
「デザインは楽しいもの」「楽に学べる」ことと思っていたのに・・・。」と、ある学生。
そんな風に考えているひとには、苦しいことの方が多いのだろう。
しかし、「好きだー」と思っている人には、決して「苦しい」とか、「苦痛だ」とは思わず、夢中になって取り組んでいる。
この世の中で楽しく、苦も無く・・・。「努力無くして、自分の思いが叶う」ことなど凡そ、考えられない。
挑戦してこそ「何か」を感じ、体得する。その「苦しみの深さ、大きさ」に比例して、その「喜び」もまた、大きいもの・・・。
彼等自身の能力の成長、拡充は、その繰り返しによって、確実に得られる。
その「喜び」が何にも増して大きいものでもあろう。
(2003/3・1 記)

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卒業制作–デザインを、初めて体得する?

最終学年。彼等が学んだことの集大成といわれる卒業制作。
自分の「思い」を具現化し、カタチにするという試練を課せられる。
挑戦する意志が見える・・・。日頃、取り組む「課題」とは明らかに心構えが違うのだ。

苦しみ、必死になってデザインに取り組む・・・。
失敗!落胆と失意の中で制作を終わらざるを得えなかった学生も。
そこには、凝縮された人生の悲喜劇も。長い人生の中では、その何れもが貴重な体験になる。
「必死さ」、「苦しさ」は、そして、「悔しさ」は、次への飛躍の大きなステップになる。
「夢」や「目標」を達成するのは自分自身、「ヤル気!」、「挑戦する意志」による。デザインを「好き」になり、「愉快」にやる、その心構えが何よりも重要なことだろう。
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新宿の『オゾーン』で開催された卒業制作展。
最終日には総長、学部長、事務局長を始め多くの大学関係者もご来場。学生への励まし、貴重なご意見もいただいた。
苦しみながらも成し遂げた彼等。一際大きな喜びでもあったろう。
好評であった卒業制作展も終わった。企業から数点の製品化の話しもあって期待されている・・・。
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我が国の「モノ造り」、その「精神」が失われようとしている。
モノを造ると言う行為、単なる経済効果だけの問題ではない。
「モノ造り」の喪失は、「生」のリアリティーを失なわせ、発想の確かさを、美意識をすら失なわせかねない極めて深刻な問題でもある。 
人間性からますます遊離する感性・・・。
ユニバーサルデザイン時代のデザイン行為に危機感をすら与える。
いま、失うものの大きさに気付き、その復権が叫ばれている。
人としての感性。思いやる優しさを持ったデザイン・・・。
デザイナーとしての独創性。豊かに発想する力・・・。
そして、更なる「夢」へ向かって欲しい・・・。卒業生諸君の前途に期待したい!

(2003/3・7 記)

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