じつはこのメガネ、苦心して開発したのだというドキュメンタリーをテレビで見たことがあった。もう記憶も定かではないが、2~30年も前だったのかもしれない。
見ながらそのユニークなアイデアに、「面白い!」と感動していた。
左右それぞれが2重になったレンズ、そのそれぞれに液体を注入する小型の注射器がシリコンチューブによって取り付けられていた。
レンズに液体を注入し、その増減によって光の屈折を調整するという仕組みなのだ。
なにより使う者が眼の前にある対象物を見ながら調節をしピントを合わせればよい、眼科医や専門家がいなくとも自分で簡単に出来る、というものだった。

その開発者として登場していたのがシルバー氏だった・・・。
オックスフォード大学(英)物理学科ジョツシュ・シルバー教授がわずかに記憶のなかによみがえってきた。
「開発したが販売は上手くいかない」と悩み落ち込んでいたときに、「アフリカで必要な人がいるのでは・・・」と、知人からのアドバイス・・・。
まさに、この種のメガネを最も必要としている人々がいたということに気付いたのだ。
食べものにも事欠き電気もない劣悪な生活環境、眼科医もいないし検眼の機会もない途上国の人々・・・。しかし、購入するお金も無いのが現実でもある。

ボランテアの力を借りてアフリカへ
鬱蒼と葉が生い茂る巨木の下に置かれた足踏み式のミシン。仕立て屋だという老人には初めてだというメガネを使い、「縫い目がはっきり見えて仕事がはかどる」と笑顔・・・。
薄暗い教室で本を読む少年・・・。教科書の文字を読むのも苦労していた先生・・・・。
近眼や老眼、10億とも十数億人とも言われるメガネを必要としている人々・・・。
眼が悪いことすら理解出来ない子供たちも多いに違いない。
このメガネはまさにそんな人々のために開発された、ということになるのだろう。
当時、メガネフレームの左右の注射器付きでは、さすがに不細工、違和感があって、改めてリフアインされねばならないだろうと考えていた。しかし、なによりアイデアのユニークさ、面白さには感動もしていた。折々の授業では参考事例としてそのアイデアを紹介もしていたものだ。

アフリカから日本へ?
あの注射器で注入する式のメガネがリフアインされたものだろう。
世界で初めてだという“液体レンズテクノロジー”を搭載し、度数調節が可能なメガネ『アドレンズ p.o.v.』製品として昨年末から我が国でも販売もされているのだ。
ポリカーボネート製のレンズ内にシリコンオイルが封入されており、レンズ左右のダイヤルを回すことで内部の液体容量を増減させ、屈折の度数を正確に変化させる。
適正な度数は-4.5D(近視)から+3・5D 3.5D(遠視・老眼)までに対応する・・・。
注射器が調節ダイヤルに変り、取り外すことも可能なのだとか。しかし、再度の調節は出来ない。使用時の微調整や家族などとの使い回し、災害で紛失した場合などでの使用を考えると、そのまま外さない方がよいということになる。

製造・販売するアドレンズ社と開発者との経緯を私は知らないが、「2005年にイギリス・オックスフォードで企業化されたものだろう。アイウェアメーカーとして先進国においても独自の技術を用いたメガネの開発・販売を行い、並行して、アフリカやアジアなどの開発途上国の人々に視力矯正の手段を提供する事業を展開している」のだという。
今回、日本で販売を開始する理由を「日本の市場規模はアメリカに次ぐもので、日本国民のメガネ使用率は約8割にも上る。日本の消費者は社会性と流行を融合することに長けており、同製品が受け入れられやすい素地があるのでは」と期待している。(2011年度Gマーク賞)

問題は貧困にあえぐ途上国、アジア、アフリカの人々と豊かさを享受する国の若者たちとの共用を考えねばならないことだろう。
なにより低価格化(現在は15ポンド→1ポンドに)を計らねばならない。
やや小さめの丸いレンズ、フレームサイズなどの均一化などと根本的な条件を犠牲にせざるを得ないことだ。
また、液体調整用の注射器がダイヤルに置きかえられても、付けたまま使用するには違和感を持たれるもの。ポップだが一寸気になる形状だろう。
メガネは眼が悪い人にとって視力を矯正するためには必要不可欠なもの。しかし、唯の視力を矯正するだけの道具では無く、個性や顔立ちをより魅力的に見せるためのものでもある。いま若者のはじける感性は、また新しい可能性を見出すのかもしれない。
(2012/8・30 記)
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メモ
・平成4年度の「グッド・デザイン大賞」を得た「エア・チタニュウム」(デンマーク、リンドバーグ・オプテイック・デザイン社)のメガネ。このメガネの特徴は一言でいえば「シンプル」。まさに、Less is more(より単純に)。ほぼ正円のプラステックレンズとチタニュウムのワイヤーが左右のレンズを繋ぐブリッジやテンプルを構成しており、鼻や耳に触れる部分にのみシリコン材が使われている。軽量で視野は広い。人体に優しい必要最小の部材がメガネの構造と形状を提示しているもの。デザインはデイッシング&ヴァイトリング建築事務所、シャロッテ・ブーレ自らの設計思想としてミニマム・コンストン(必要最小構造)をモットーにしているのだとか。

・13世紀頃といえば西欧では教会中心の社会・・・。
当時、高価な眼鏡を使うことが出来るのは当然ながら文字が読めるインテリやエリート・・・。庶民が年老いてものが見づらくなるのは「神があたえた試練」、ただ、じっと耐えることだと。レンズやメガネなどというものは「悪魔の仕業」だといい、悪魔の道具だともいわれ納得していたのでは・・・。
しかし、そんな時代でもイタリア(ベニス)のガラス製造技術の発達は権威ある宗教人や貴族の強い求めに応じてメガネはつくりだされていたことになる。

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