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『ユニバーサル・デザイン:アメリカ企業動向』Vol.1

永木康人 NECデザイン USA(S 58年度卒)

Vol.1

0.  ユニバーサル・デザインの背景
1.1. 政府のガイドラインとその受容度
1.2. 業界団体の動向
1.3. デザイン団体の動向

0. ユニバーサル・デザインの背景

ユニバーサル・デザインとは、障害者、健常者の違いなく、製品やウェブサイト、ソフトウェアなどにスムーズにアクセスできるようなデザインを指す。これまでは障害者のための特別な機器によって製品をアクセシブルにすることが行われていたが、現在「ハンディキャップ」という概念で括られる対象は障害者に限らず、高齢者、子供、外国人、妊婦などと、その幅が広くなっている。世界保健機構(WHO)によると、世界の障害者数は7億5000万人、アメリカだけでも5400万人に上り、後者は人口5人にひとりが障害者にあたる。その概念をさらに広げると、その数の膨大さ、コミュニティーの大きさがわかるだろう。
重ねて、ウェブサイト、IT機器のスクリーンなど、健常者にとっても使い方が分かりにくい製品が出回るにつれ、障害者を基準にしたデザインがある意味では健常者を含むすべてのユーザーにとって有効なものであるとの認識が生まれてきた。
「ユニバーサル・デザイン」という言葉自体は、建築家のロン・メイスが1980年代初頭に作り出したもので、障害者のためのアクセスを確保することが、健常者にとってもより優れたアクセスを生み出すものであることを示唆したものである。建築から始まったこの考え方は、その後他の分野でも広く引き継がれていった。
アメリカ政府が2001年6月に施行したリハビリテーション法508条は、オフィシャルにはアメリカのすべての連邦政府関連機関へ納入されるIT機器の機能、アクセシビリティの基準を設定したものである。連邦政府とその関連機関には17万6000人もの障害者が働いており、そうした障害者が健常者職員と何ら区別されることなく働くための機会を与えるルールとして508条は重要なものである。
しかし、それだけではない。連邦政府が購入するIT機器はすでにそれ自体が巨大市場となっており、年間400億ドルのIT機器を買い入れている。IT企業にとって決して無視できるものではない。オラクルをはじめとしたIT大手企業は政府調達に対応するための特別部門を設けているほどだ。したがって、原則的には連邦政府内で使用される機器についてのルールである508条は、現実的には業界のスタンダード的な基準を定めるという意味合いの強いものとなっている。
IT機器といっても、その応用範囲は広い。ハードウェア、ソフトウェア、ウェブサイト、IT機器のスクリーンを始め、IT機器との融合が始まっている電話器、ファックスなどが含まれる。アメリカでは、スロープの傾斜度や入口の幅などを定めた建物に関するアクセシビリティ基準が、公共建築物のみならず、すでに一般家庭の家屋建築にまで広まっており、これを考慮すると、508条が定めるIT機器、情報のアクセシビリティ、ユニバーサル・デザインは今後急速に広まっていくものと考えられる。1. 政府、業界団体、デザイン団体の動き

1.1. 政府のガイドラインとその受容度

リハビリテーション法508条は、もともと1998年12月に制定された。これまで建物のアクセシビリティ基準などを設定してきたアクセスボードという30人程のスタッフを擁する法務省の機関がその基準を決めたもので、これは正式には1973年制定のリハビリテーション法の追加修正部分となっている。18カ月のスタンダード案提出の準備期間を経て2000年8月に公布される予定となっていたが、IT業界などから準備期間が短すぎるなどの懸念が寄せられ、実際には2001年6月21日に公布となった。
アクセスボードは1996年にテレコミュニケーション機器(電話、ファックスなど)に関するテレコミュニケーション法(255条)を制定しており、この508条はさらにそれを幅広いIT機器、IT環境にまで広げたものである。
詳しい内容については、http://www.access-board.gov/sec508/508standards.htmを参照されたい。
この508条制定当時その職にあったビル・クリントン大統領は、「バリアーを崩すだけでは充分でない。サイバースペースで必要となるツールを手にして、障害者もこの目覚ましい機会を利用できるようにならなければいけない」と演説し、IT業界へ呼び掛けた。それと歩調と共にすると応じたのが、3Com、アドビ、AOL、AT&T、ベルサウス、コンパック、eBay、HP、マクロメディア、マイクロソフト、サンマイクロシステムズ、ハンドスプリングなどの企業45社である。
こうした企業は、社内にプロジェクト・グループなどを設けて、自社製品のユニバーサル・デザイン化の開発を行っている。各社の動向は後に詳しく述べるが、こうした企業が中心となり、ユニバーサル・デザインは、IT業界の中ではすでに設計、デザイン条件の一項目として位置付けられていると言っても過言ではないだろう。
ただ、IT技術の変化も速いことに加えて、IT機器のスクリーンのユーザビリティ、アクセシビリティ、あるいはウェブサイトのデザインなどはそれら自体が最適なフォーマットを求めて変容している状態で、こうしたユニバーサル・デザイン的なアクセシビリティが一般ユーザーの目に見えるところで効果的に実現されるまでには、今後しばらくの時間がかかると思われる

1.2.業界団体の動向

コンピュータの業界団体、研究者組織であるACM(Association of Computer Machinery)では、2000年11月に初めてのユニバーサルユーザビリティ会議を開催している。この時発表された研究論文は35本ほどに上り、業界での認識向上の話題から、専門技術におけるアプローチなど、幅広い視点から提案がなされている。
この会議で基調講演を行ったAT&T ネットワークのプロダクト・マネージャー、マイケル・バークス氏は、基本的にユニバーサル・デザインについての誤解がその普及を阻んでいると語っている。誤解の中には、「ユニバーサル・デザインとは、難しくてコストのかかるものである」「IT機器の動きを遅くする」「広い通信帯域を必要とする」「障害者のためだけの機器のデザインであって、その他の人々、あるいは単に特殊な環境下でオルターナティブな操作手順を与えるようなデザインとは考えられていない」といったようなことが含まれる。殊にメーカーが理解していないのは、幅広い人々に通用する機器の生産が、最終的にはコストの面でも売り上げの面でも経済的な利点を生むという点であると、同氏は力説している。そしてユニバーサル・デザインを特別なものとしてでなく、ごく通常のデザイン・プロセスの中に組み込んでいくことが重要だと付け加えている。
また、アメリカIT業界では企業単位の業界団体以上に、研究者、開発者が個人単位で参加するさまざまな研究会、研究組織の動きが活発である。ユニバーサル・デザインについては、以下の団体や協会が積極的な意見交換を行っている。

- American Library Association Office of Information Technology Policy
- American Society for Information Science
- Computer Professionals for Social Responsibility
- Human Factors & Ergonomics Society
- Internet Policy Institute
- The Internet Society
- The National Urban League
- Society for Technical Communication
- Usability Professionals Association

さらに、インターネット運営の団体、ワールドワイドウェブ・コンソ―シアム(W3C)でも、WAI(Web Accessibility Initiative)を設けている。これはアメリカの教育省内の障害リハビリテーション研究所、ヨーロッパ情報協会テクノロジー・プログラムなどの他、マイクロソフト、IBM、SAP、ベライゾン財団などがサポートしているもので、 インターネットのアクセシビリティ向上を目指して、さまざまな提唱を行い、活動や議論の場を設けている。
また、テクノロジー関連の大手企業が会員となっている情報テクノロジー業界カウンセルでは、製品アクセシビリティ・テンプレートを自発的に開発している。ここでは、ソフトウェアから情報機器、マルチメディア製品にいたるまで、アクセシビリティの基準を記載し、それを開発各社がどのような機能でサポートしていくかを確認できるようなテンプレートをウェブで公開し、アクセシビリティ・デザインが普及していくためのひとつのツールを提供している。

1.3. デザイン団体の動向

デザイン業界団体のIDSAは、1993年に9人のメンバーでユニバーサル・デザインの特別委員会を発足させ、メンバーは現在200人を超えている。同委員会のミッションは、デザイン作業の中にユニバーサル・デザインのプロセスを組み込むことをIDSAのメンバーに広めること、IDSAのメンバーシップ、イベントに障害者、高齢者といったユニバーサル・デザインの対象となる人々を含めること、デザイン教育、そして一般消費者の中にユニバーサル・デザインに対する認識を高めていくことである。
同委員会では、さまざまな活動を行っている。ノースカロライナ州立大学内のユニバーサル・デザイン・センターでは、1996年に「ユニバーサル・デザインのための7原則」を打ち立てたが、それには同委員会のメンバーが参画した。さらに1998年、ユニバーサル・デザイン・センターは、ユニバーサル・デザインのデザイン評価とマーケティング・プログラムを発足させている。これはプロダクトのパフォーマンスを測定するための基準づくりで、デザイナーらがその作業の中でユニバーサル・デザインを実現していくためのツールとなるものと目されている。この基準づくりにも、同委員会のメンバーが関わっている。さらに、2001年のIDSA年次総会では、ユニバーサル・デザインをデザイン・プロセスに統合することに関するセミナーが開かれている。また2002年には、学生を対象としたデザイン・コンペが議会図書館との共催で開かれることになっている。
IDSA以外にも、非営利団体アダプティブ・エンバイロメントは、ユニバーサル・デザインに関する活動を幅広く行っている。同団体は2000年に「21世紀のためのデザイン会議」を開催して、ユニバーサル・デザインへの認識普及のために貢献した他、ユニバーサル・デザインの教育なども率先して行っている。さらに、インテリア・デザイナーの団体、全米インテリア・デザイナー協会も同様に、ユニバーサル・デザインの普及活動を行っている。

ー『ユニバーサル・デザイン:アメリカ企業動向』Vol.2へ続くー