|
『デザイン方法論の日米比較・分析』 連載―3
永木康人 NECデザイン USA(S 58年度卒)
目次
3日本にないデザイン会社の機能、動き
3-1. ユニバーシティ(クライアントを巻き込んだブレーンストーミング)
3-2. ラピッド・プロトタイピング
3-3. マテリアル・リサーチ
3-4. ヒューマンファクター・リサーチ
3-5. オブザベーション
3-6. ユーザーとの共同デザイン開発
3-7. デザインコミションの拡大
3.1. ユニバーシティ(クライアントを巻き込んだブレーンストーミング)
大手デザイン会社のIDEOがこれで有名だが、ユニバーシティというのはデザイン会社の方法論をクライアントと共有して、クリエイティビティーや革新性の精神を伝授しようというものである。日本でも、ソフトウェア・メーカーなどが講習会やセミナーを開いたりするが、このユニバーシティは、ただ講義を聞くだけでなく、実際のものづくりに参加して、その方法論を「体験する」ところに意義がある。
IDEOのユニバーシティは、これまでコダック、スティールケース、シスコシステムズなど多様なクライアントを対象にして開かれている。丸一日を使って、ひとつのテーマのもとに、ブレーンストーミング、ラピッド・プロトタイピングを行う。参加者は通常、数人のチームを組んで、他のチームと競争するという設定のもと、キャノンボールといった何らかのメカニズムとデザインが融合した機械を作り出す。
ここでブレーンストーミングと言うのは、これまでの既成概念に邪魔されず、チームでの他のメンバーの視点も効果的に組み入れながら行うものだ。IDEOでは、以下のようなポイントを、ブレーンストーミングとして挙げている: 1)判断を先送りすること(そうしないと、アイデアの流れを止めてしまう); 2)他人のアイデアの上に考えを発展させること(自分だけの考えに固執するより、ずっと生産的); 3)課題に集中する; 4)参加者がひとりずつ発言する(おしゃべりな人間だけが発言するのではなく、全員の意見を引き出す); 5)ともかく数をこなす(IDEOのスタッフだけでブレーンストーミングをする場合は、30〜40分で150ものアイデアを出す); 6)無謀なアイデアを出す(最初に無謀に見えないようなものなら、そのアイデアには望みはない、というアインシュタインの言葉に添って); 7)ビジュアルに表現する(スケッチに表わして、他人にもわかるようにする)。
3.2. ラピッド・プロトタイピング
こうしてアイデアを出してそれを絞り込んだ後、次はラピッド・プロトタイピングに移る。ラピッドという形容詞がつくことからわかるように、これはかなり迅速にプロトタイプをつくる作業である。ていねいにモデルを仕上げるのではなく、懸案事項だけを確かめるためにラフなモデルを多数つくる。それによって、できるだけ多くの案を比較検討し、そこから最も優れたアイデアを選びだすことができるわけだ。ここでていねいなモデルを作っていては、不必要なところに時間を費やすだけで、前進できない。
こうしてアイデアを出す、それを検討する、という早いプロセスを経て、最終的なデザインを仕上げ、チーム間で競い合う。これがユニバーシティの工程である。このユニバーシティは、言ってみれば自分の頭脳を訓練するエキササイズであり、他人のアイデアを取り入れるという開かれた思考過程のトレーニングとも言える。
3.3. マテリアル・リサーチ
電子テクノロジーを使った新しい機器が増えるに連れ、さまざまな意味で新しいマテリアルへのニーズが増している。機能性の面でも、軽量で丈夫、しかも柔軟にデザインができる余地のあるもの、あるいはこれまでにないイメージを表現するのに役立つものなど、未開拓な可能性を求めてマテリアルをまだまだ探索しようとするデザイン会社は多い。
ロサンゼルスに拠点を置くノキアのデザイン部門は、マテリアルだけを研究する専門スタッフを2名おいている。スタッフ自身はヨーロッパオフィスに在籍しているが、常に新しいマテリアルの情報をデザイン部門の全オフィスに伝えるのが仕事だ。
アップル・コンピュータのデザイン部門でも、マテリアルを専門にするスタッフが数人いる。imacやG4のプラスティック、タイタニウムなどの利用は、そうしたマテリアルへの探索から生まれたプロダクトデザインである。素材とデザインを組み合わせて、数々の実験を行った後に、製品として世に出すということを、何度も繰り返しているのがこのデザイン部門だ。
IDEOでは、マテリアル情報をデータベース化して、同社の全世界のオフィスからアクセスできるようにしている。そのデータベースには、さまざまなマテリアルの性質、メーカー名、そのマテリアルを使った製品名、IDEO内でそのマテリアルを使用してデザインを行ったことのあるスタッフ名などが記録されている。初めてそのマテリアルを使うスタッフでも、このデータベースをみるだけでかなりの情報を得られるようにしたしくみだ。パロアルトの本社には、数々のマテリアルを収納したツールボックスもあり、実際にそのマテリアルに触れることができるだけでなく、このツールボックスが新しいデザインのインスピレーションを呼び起こすような役目も果たしている。また、多くのデザイナーがおもちゃをワークスペースに収集している。「日本のおもちゃ、特にロボットは我々に新たなインスピレーションを与えてくれる」と、IDEOのデザイナーが語ってくれた。ツールボックスに入っているのは、さまざまなプラスティック・マテリアル、ファブリック、金属、石類などの他、NASAなどで開発された宇宙船開発用の新素材なども含まれ、実に多彩なものだ。
3.4. ヒューマンファクター・リサーチ
ヒューマンファクターというのは、日常生活や仕事環境の中で、あるいは特定の機器などを使用する際に、ユーザーが見せる振るまい、感情的な表現などを観察して、人間的な要素としてデザインへフィードバックしようという研究である。ヒューマンファクターの中には、エルゴノミックスや機器の扱い方などの癖からはじまって、楽しい、不愉快などの感情、人間関係など、さまざまな要素が含まれる。シリコンバレーに限らず、アメリカのデザイン会社では、このヒューマンファクターをリサーチするための専門スタッフをおいているところが多く、文化人類学、心理学、社会学などのバックグラウンドを持つ人間がそうしたポジションについている。
たとえば、オフィスの空間をデザインするという場合、まず行われるのは、そのオフィス内での活動にどんな種類があるか、人々の動線はどうなっているか、スタッフ間のコミュニケーションはスムーズかといったようなことを、オブザベーション(次項で説明)やインタビューなどを通して探っていくという作業である。これによって、現在問題になっていること、解決すべき課題などがはっきり見えてくる他、デザインを行う対象をとりまくコンテキストが浮かび上がる。そのコンテキストが把握できると、より広いアプローチからデザイン作業に取り組めるというのが、この種のリサーチの目的である。
また、これまでになかったデジタル機器などをデザインする際にも、こうしたヒューマンファクター・リサーチが役立つ。たとえばティーンエージャーが、すでに市場に出ているミュージック・プレーヤーをどう使っているかを、社会的(どんな場面で使うのか、誰かと共有しているかなど)、心理的(どんな気分の時に使い、使うとどう変化するか、どんな服装をしているかなど)、その他の視点からリサーチすると、まだ存在してはいないが、ティーンエージャーが待ち望んでいる機器の姿が浮かび上がってくることもある。
ヒューマンファクター・リサーチというのは、デザインの対象を既存の機器や場所の名前(プレーヤー、オフィスなど)から解放して、人間の振るまいや時間の過ごし方といったより広いコンテキストの舞台へ移行させるための方法論とも考えられるだろう。
3.5. オブザベーション
オブザベーションとは「観察」の意味だが、デザイン会社は最近さかんにこのリサーチ、方法論を採用している。これは、ユーザーの振るまいや機器などの使い方を、詳細にわたって観察して、デザインを生み出すポイントやデザイン改良のポイントを抽出するのに役立てようという作業だ。ユーザーの使い心地や嗜好などをリサーチする方法として、これまでもユーザーグループのヒアリングという方法があった。これは、数人のユーザーを集めて、互いに刺激しあいながら意見を聞き出すという方法だが、これにも限界がある。ユーザーが表現できることばや概念の枠に発言が限定されること、そしてユーザーが必ずしも自分の行動を正確に把握しているとは限らないことだ。
オブザベーションは、こうしたフィルターなしに、ユーザーの本来の姿を、第三者の目を通して把握しようという方法である。カメラやビデオなどを利用しながら、その機器をユーザーがどう使っているか、その場所でユーザーがどう行動するかといったことを、ある一定の時間をかけて記録する。そうして、ある操作をする場合に間違って別のボタンを押しがちであるとか、待ちの時間にイライラしているとか、この場面で一番喜んでいる、といったような状況を引き出すわけだ。新しいデザイン作業はここから始まる。
オブザベーションのスタッフには、ヒューマンファクター・リサーチと同じように文化人類学や社会学、心理学などのバックグラウンドを持つスタッフがあたることが多い。こういった意味でも、アメリカのデザイン会社は、インターディシプリナリー(超領域型)なリサーチ方法を採用していると言える。しかし、このオブザベーションは、効果的な方法を知らないとむやみに膨大なデータを集めるだけの作業に終始することもあるので、デザインをよく知るスタッフが行うことも重要だ。そのため、デザイナー自身もオブザベーションに同行して、デザインのポイントを抽出しやすくしている。
3.6. ユーザーとの共同デザイン開発
ユーザーグループのヒアリング、オブザベーションの次にくる新しいリサーチ方法が、ユーザー参加型の共同デザイン開発であると言われている。これはユーザーと共有する時間を設け、その中でユーザーが望むことを「感情」として引き出そうという方法論だ。
ユーザーとの共同デザイン開発でよく知られる会社に、ソニックリムがある。同社のクライアントには、ソニー、モトローラ、マイクロソフトなど多彩な企業が並んでいる。特にデジタル機器などで、これまでにまだないものを見出そうとする際に、この共同デザイン開発は有効だと考えられている。
ソニックリムのアプローチを簡単に説明しよう。たとえば、あるクライアント企業が「ティーンエージャーにふさわしいデジタル機器を開発したい」と考えているとしよう。それがまだどんな機能を持つものかは不明なままで、クライアント企業はソニックリムにリサーチを依頼する。ソニックリムでは、10数人のティーンエージャーに協力を依頼し、彼らの日常生活を細やかに記録してもらうことにする。そのために、たとえば日記帳、使い捨てカメラといったようなツールを支給する。日記帳にはティーンエージャーたちが書き込みをしやすいように、「今日、学校から帰ったら__」とか「打ち明けたい話が合ったので__」といったような導入部分のテキストが書き出されていて、それに続けて文章を書くようなしくみになっている。使い捨てカメラで、自分の日常生活をいろどるさまざまなシーンを撮影し、それを日記にはりつけたりもする。
日記をつける作業を2週間ばかり続けた後、こんどは1枚の画用紙にやや抽象的な方法で自分の世界を表現するようにと言われる。画用紙にはあらかじめ、自分自身の世界を表現する手のひら、その周りに2重の円が書かれている。それぞれ、自分の家族との世界、それ以外の友人たちとの世界を示したものだ。この作業のために、ティーンエージャーたちはさまざまなかたちをした色紙や単語が印刷された小さなシールなどをもらい、これまでに撮影した写真やこうした道具を用いながら、自分自身をとりまく世界観を画用紙上に表現していく。
この作業が終わったところで、今度は2人1組になって、自分のことをリサーチャーに説明するセッションが開かれる。すでにこの段階にいたるまでに、ティーンエージャーたちは3週間ほどもかけて自分の生活や自分自身の世界を自省しているわけで、このセッションではそれまでは意識しなかった自分自身のことがより明確に語れるようになっているというしかけだ。ソニックリムによると、これまでのすべての作業は、ユーザーたちの意識を目覚めさせるためのお膳立てで、もっとも重要なのはこのセッションでの語り口だという。
セッションでは、ティーンエージャーたちがかなりの感情をこめて自分のことを語れる準備ができていて、実際、彼らの思わぬ情感の吐露が、クライアント側の発想のアイデアになったりすることもある。ソニックリムでは、ここで表現されることばやその頻度などを詳細に記録して分析し、これを新製品やデザインのアイデアの下地として提供するわけだ。
各段階で使われる道具は、リサーチの対象となるユーザーや目的に合わせて変化し、場合によっては抽象的な色紙だけで表現することがあったり、反対にベルコア(マジックテープの素材)製のオブジェにボタンなどをつけて、機器のイメージをユーザーが作ったりすることもある。
これまであったユーザーグループのヒアリング、オブザベーションをそれぞれ「say」「do」のリサーチ(つまりユーザーがことばで表現する、あるいは行動で表現するもの)だとすれば、このユーザー参加の共同デザイン開発は「feel」「Make」(ユーザーが感じていることを創造する)のためのリサーチだという。その意味で、これは、ユーザーの日常生活における感情を拾い出し、そこから新しい製品のアイデアを抽出するといったような場面で効果を発揮する方法論だと言えよう。
3.7. デザインコミションの拡大
特にシリコンバレー周辺を拠点にするデザイン会社で、厳密にプロダクト・デザインだけを行っているところは少数派になったと言っても過言ではないだろう。先に述べたように、デザインをコンテキストでとらえることがさかんに行われる現在、ミクロ的にプロダクトだけに焦点を絞ったデザイン開発は、かえってやりにくいものになっている。だが、こうしたコンテキストという考え方に伴って、デザインする対象を広げることは、デザインを依頼してくるクライアントにとってすぐに理解できる概念ではない。 したがって、デザイン会社はさまざまなリサーチの結果などを通して、クライアント側にデザインコミションの対象を拡大することが必要だと説得、ネゴシエーションすることが必要になる。すなわち、デザイン領域の拡大をいかに提案していくかにかかっている。
こうしたデザインコミションの拡大は、現在のアメリカのデザイン界では比較的頻繁に行われていることでもある。たとえばIDEOは、アメリカの鉄道会社アムトラックのワシントン=ニューヨーク路線を走る超高速電車の車両デザインを依頼された際、最終的にはそのコミションを社内デザインから各駅のチケット売り場、切符のデザインなど、乗客のエクスペリエンス全体にまで拡大することに成功し、大幅なデザイン開発を請負うことになった。すなわち、言われたことだけをやっているだけでは、将来がないといえる。
デザインコミションの拡大は、単に受注額が大きくなるといった点だけでなく、デザイン開発そのものに与える影響も大きい。ひとつには、コンテキスト、あるいはユーザー・エクスペリエンスの全体をデザイン開発することで、より効果的な結果を生むのが可能になることが挙げられる。現在、「エクスペリエンス」ということばがマーケティング、デザインなどさまざまな場面で登場するが、これは単なるモノのデザインから、人々が生きる空間・生活・振るまい・作法と言ったコトのデザインへと、デザインの対象が広がっていることを示唆するものである。ユーザー側も、新しいデザイン上の刺激を求めて、モノだけに縛られない、より広く深い体験を欲している。それに応えられるわけだ。
もうひとつの影響は、デザイン会社自体がこれによってさまざまなスキルを複合した、より強靱な組織へと変わっていけることが挙げられよう。ミクロなデザインから、人間社会を包括したマクロなデザインへ視点を広げることで、次世代の動向を把握することも容易になるのだ。このことは、デザイン会社が単なる下請けの会社から、より基本的な知識創造型、知識提供型の組織へ変身できるきっかけともなる重要なポイントだ。
他方、デザインで成功した商品をデザインしたデザインファームにデザイン依頼が集中するといった自然の摂理が一般的であるということがある。IDEOやFrogも同業商品のデザイン依頼が自ずと集まってくることとなり、ますます強者が勝っていく仕組みになっている。
個人的な意見として、日本のインハウスデザインや下請け的な組織(1業種1デザイン会社、一機種1担当制に縛られる組織)は近い将来、競争力をなくし終焉を迎えると言ってよいだろう。
( 次回連載―4は「日本のデザイン組織への示唆」です。御期待下さい。)
|